対岸の彼女  -女とアメリカは似ている- | えのきさんの痴漢日記

対岸の彼女  -女とアメリカは似ている-



著者: 角田 光代
タイトル: 対岸の彼女

結局、僕は女のことなんて何もわからない。
理解をしようとしてないし、到底理解の出来る代物じゃない。
女という生き物は僕とは別の世界で生成されていて、成長していく。
長くつきあいのある女友達であっても「14歳の彼女」と「25歳の彼女」は全くの別人で、どこかで交換されている気がする。
きっとどこかで販売されているんだ、交換カートリッジのような肉体が。
男は常に何かをひきずりながら、前日の延長戦として生き続けているけども、女は毎日生まれ変わる。
だから、したたかだし、可憐なんだ。

って、女を理解できない人間がこの小説を読む。
対照的な女2人が、変な距離感を持ちながら進めていくお話。
はっきり言おう。僕は女の小説は好きではない。
それはひどくセンチメンタルで会話で進める安易なストーリー。
そのくせ書いている内容はひどく内向的で小難しい言い回しを好む。
そして最終的にはすぐ泣く。
「泣きそうなくらい○○」とか平気で言う。
どうしようもない。
今回の角田光代に関してもそう。
しかも、過去の記憶がぐずぐず。
陰湿な内容だから、閉塞感で息が詰まる。
最後も別に期待していないハッピーエンドへごり押し。
男だからか、それとも女への理解する努力がないのだろうか。

ただ、この小説を読んでいてあることに気づいた。
女とアメリカは似ている。
常に敵を作りだし、それが対象から除外されれば、次の敵を作り出す。
常に想定される敵を作っては、それと戦うために自分を鍛える。仲間を作る。
そして必ず「正義」をふりかざす。
女との口論はかならず正義が出る、それが出てしまってはおしまいだ。
しかも我流の正義。そんな暴力的な正義がある。

まぁ、つまりは久しぶりに面白くなかった小説。
女のことなんて、理解できない。したくない。